家庭の回復と居場所づくり

誰かがストリートチルドレンたちに手を差し伸べ関わってあげること、居場所になってあげること無しに、子供たち自ら自立の道を歩むことはとても困難であることを知りました。

助けられ子供たち、逆境を乗り越えた子供たち一人ひとり、計り知れない未来への可能性を持っています。生きる喜びと目的を早く知ることのできた彼らは勉強に励み、特技を生かしたりして輝いていました。そして優しさや人の心を敏感に察する繊細さを人一倍持ち合わせているように感じます。自分が助けられたように、自らも他者に手を差し伸べ、弱い立場にいる人たちを助けたいという熱心さは、これからのエチオピアや世界の未来に大きく貢献していくでしょう。私もそんな彼らに助けられ、たくさんの愛をもらってきた者の一人として、彼らの持つ懐の広さと愛情の深さがとても良く分かるのです。

ガールズ・ホームに留めてもらった夜、みんなで大笑いしながら過ごしました。

 

年少の子供たちの誕生日とシェルターハウスに来て約1年のお祝を同時にしました。1年前までストリートにいた子たちです。

しかし乗り越える過程には試練を伴います。彼ら自身が自分の抱える傷や痛みと向き合って、乗り越えていかなければならないからです。健全な家庭で育った子供以上に問題を抱えている場合が多いのです。街にいるストリートチルドレンの中には、助けの手を差し伸べたとしても、無関心だったりケンカ腰だったりする子も少なくないと聞きました。子供たちは人を見極め、自分たちと本気で向き合ってくれる人を求めているのです。

 

子供たちが家族の愛もしくは共同体によって養われることはとても大切だと思います。長期間かけて彼らと向き合い、家族となって一緒に過ごすことは、住む家や食べ物という物質的な必要を満たすだけでなく、心と霊が健全に養われるためにとても重要です。幼いころからの自分を知る誰かに気軽に会えることが、安心感と信頼を産み、社会と関わろうとする心や、外へ出て行く積極性を養えるのではないでしょうか。人が努力し何かを成し遂げていくためには、そのような土壌がとても大切だと思います。自分自身の気質や決意だけでどうにかできることではなく、自分以外の誰かと共に過ごす日々によって育まれていくもの、そのために家族やコミュニティといった共同体が不可欠に思うのです。10代後半以降にストリート生活になった人が仕事を見つけられずにいることや、見つけてもすぐに辞めてしまう現状を目の当たりにし、そのような事を考えました。人が踏ん張ろう、頑張ろうと思えるのは、自分の人生が肯定されていて、人を信頼することができる環境が整えられた状態で成せるものであって、土台が据えられていない不安定な中にいる彼らには、努力し能力を発揮していくことは困難だったのではないかと思ったのです。

 

これらのことからも今回エチオピアで出会った人々が、健全な家族と、心安らぐ居場所を失っている子供たちに、居場所を与え、「家族」として共に生きる働きは重要だと学びました。人は共同体によって、あらゆる面の健康が育まれ、自分が他者のために存在していることを知り、自分の能力を見つけ生かされていく。そして、大きく薄い関係より、小さくて親密な家族としての関係性はとても大切なように思います。

シェルターハウスの若者たちを見ても、彼らは本当の兄弟となって上の兄弟が下の子の面倒を見て愛をもって接しており、下の子たちがのびのびと成長しています。母親のような存在のキッチンスタッフが常にいることも、彼らに大きな安心感を与えています。炊事場、食卓が、彼らの生活の中心に据えられ、学校に行く前にはここで朝食をとり、キッチンスタッフと会話を交わし、帰ってきたらすぐキッチンでお腹を満たすのです。午後のコーヒーセレモニーの時間にも、ここにはみんなが集まり、最近の出来事などを話します。

いつも暖かい心とおいしい食事で迎えてくれるキッチンスタッフのみなさん

 

これらの経験を通し、神にある「家庭が回復される」ことは、神様の願いだと思いました。この、「家庭の回復」と言うテーマはエチオピア渡航以前から神様が私に与えて下さっていたものでもあります。私自身も神の家族の麗しい交わりにより、過去の傷が癒され、家庭のイメージが良いものへと回復され、立ち上がることができた一人として、そこに関わっていくことの使命を感じているのです。

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