自国の貧困問題に関わるNGO 続き

<教師の向上心と育成>

エチオピアの教育事情には教師育成の問題があると聞きました。政府は教師の地位を高く評価しておらず、公立学校勤務の一般的な教師の給料は約2000ブル(日本円でおよそ1万円)と他の職業と比べてそんなに高くありません。教師としての向上心は低く、より高給の仕事に就くために転職を希望し資格取得のための自分の学びを優先させる人が殆どのようです。特に公立学校では授業の質も良くないと言う話をよく聞きました。そのため少し無理をしてでも小学校から私立校へ進学させたいと思っている親が多いそうです。公立学校教師は大学進学を逃した高卒者の一時的な就職先のようなものになってしまっており、転職者が多いため平均年齢も20代と低く、ベテラン教師が育ちにくい状況です。

そんな中、団体の運営する学校では、教師の役割の重要性を理解し指導する者の責任として自分を高める努力をしている先生方に会うことができました。幼いころから教師になる事を希望し、10年以上勤続している人もいました。これはエチオピアでは珍しいことのようです。結婚・出産後もこの仕事を続けて、喜びをもって子供たちと関わっている女性教師達もいました。教師としての質を高めるために仕事の後大学に通っているという女性は、「子供たちは毎日成長しているのだから教師も成長しなければいけない」「幼稚園から知っている子供たちが、元気に大きく成長している姿を見るのがとても嬉しい」と笑顔で話してくれました。

NGOが運営する小学校の若手教師たちと

話を聞く中で、彼らは勉強を教えるだけでなく「子供たちの成長すべてに介入すること」に焦点を当てて取り組んでいるということがよく分かり、その重要性を教えられました。生徒の家庭環境や家族構成、学びのレベルも把握しながら、子供たちどのように成長しているかを日々見守っています。すべての先生たちが親のような暖かい眼差しと時には厳しい態度で子供たちと接していました。

エチオピアの公立学校に教師を指導する立場のボランティアとして派遣されていた日本人の友人も、この団体の学校を訪れた際には先生のモチベーションの高さと授業の質に驚いていました。

<学校に通う子供たちの家庭環境>
おりがみの授業を小学3,4年生に行った時の様子。みんな夢中で作っていました。
子供たちは作った作品を次の日にも学校に持ってきて、紙がボロボロになるまで遊んでいました。

この2つの学校に通う子供たちの家庭環境は様々で、片親だったり、両親がいなかったり、病気を抱えたりしているといいます。親戚もしくは他人の家に預けられ家の仕事を手伝っていたりする子もいます。両親ともに亡くなってしまったというケースは珍しいことではなさそうです。原因は、病気や体調不良でも仕事を続けてしまったがための過労死だというが、多くの場合は分からないそうです。きっと医療も受けられなかったのでしょう。もしかするとエイズウイルスの発症や、餓死も含まれているのではないかと思いました。住居はプラスチックの板やビニルで区切っただけの路上生活同然ともいえる状態の家庭の子もいるそうです。

公立学校に通う生徒の中にも実の家族と暮らしていない子供たちがいます。実家のある田舎には学校がない、もしくは質が悪い田舎の学校(設備が整っていない、教師の知識が低いなど)で教育を受けても不十分なので、首都のアジスアベバに住む親せきや、見ず知らずの他人に子供だけ送っていることもあるそうです。そのような子供たちは居候先で労働を強いられたり、肩身の狭い思いをする子もいるそうで、学校は子供たちの逃げ場になるように授業はなくても、休みの日に学校を開けておく(自由登校の日を設ける)などの配慮をしてる所もあります。

家庭からの逃げ場として、学校が役割を果たしていることは新たな視点でした。日本で家庭に逃げ場を失った子は学校にも居場所を見つけることは難しいように思います。しかしエチオピアでも授業についていけず学校にも居場所が見つけられない子がいます。そのような子たちの行先がストリートなのだと思いました。

 

<シェルター・ハウス(寄宿舎)プログラム>

元ストリートチルドレンの子供たちの生活全般をサポートするために、シェルターハウスの運営も行っています。家庭の事情で家に帰ることができない子供たちが共同生活しており、団体設立の原点になった働きです。男女別に設けられたシェルター・ハウスには、アウトリーチプログラムによって夜のストリートで見つけられ、助けられた子たちが住んでいます。

■男の子のためのシェルター・ハウス

男の子のシェルター・ハウスには現在、12歳~20歳までの子が滞在し、学生が終わるまで支援を受けられます。ここに住んでいる子供たちにもサポーター制度が設けられています。衣食住と教育が提供され、バイブル・スタディや祈り会なども年長者がリーダーとなって定期的に行っています。大学に進学すると付属の学生寮に入るためシェルターでの生活から離れますが、卒業までは生活費(おこずかい)を受給は続きます。夏休みなどの長期休みにも滞在することが可能です。仕事を得て生活が安定するまでの間も利用できます。彼らにとってここは”自分の家”であり家庭なのです。一緒に住んでいる仲間達を家族同然に大切にし、お互いに助け合いながら生活しています。

実の兄弟のようなシェルターハウス暮らしをする少年たち

 

この敷地内には、団体の小学校や支援を受けている人々、職員用の昼食をつくるキッチンが併設されています。いつも誰か女性スタッフが働いているため子供たちは彼女たちと親子のような関係を築いており、実の母親のように慕っています。

キッチンで働く女性たち

事務所やホールもあり職員会議や様々なプログラムが行われたりと人の出入りも多いので、子供たちは自然と人と交流する機会が多くなります。欧米を中心とした視察者や学生ボランティアが頻繁に訪れるので、人を招き入れる態度や国際感覚に優れている印象を受けました。エチオピア人は誰に対しても友好的な人々だと思いますが、ここに住む子供たちは一段と社交的である印象を受けました。

 

■女の子のためのシェルター・ハウス

女の子のシェルター・ハウスには、街で見つけられた元売春婦達、歳は10代半ばから20代後半くらいまでの子が2つの家に分かれてそれぞれ10人から15人くらいで共同生活しています。

女の子たちは男の子たちのようにストリート・チルドレンとして路上生活することはあまりありません。家族や親戚の家に住んでいたり、家を借りて1人暮らしをしていたりする場合が多いそうです。不本意ながらも男性と暮らしていたという子もいます。

共同生活をする女の子達。みんな明るくて心優しい子ばかりです。

女の子のシェルター・ハウス・プログラムではNGOが持つ職業訓練校にて料理を学び、他の職に就くためのスキルを磨きます。支援期間は約半年から9か月間です。各家には女性スタッフが一人住んで寝食を共にしています。カウンセリングも行うことで、彼女たちの生活や精神面のケアをしています。プログラムには教会での奉仕やバイブル・スタディも含まれています。プログラム期間を終えた子たちは、家族の元へ帰ったり自分で家を借りて生活を始めるなど、健全な自立への一歩を踏み出します。

就職に必要なスキルを身に付けるための職業訓練(料理教室)を受ける女の子達

 

<職業訓練プログラム>

職業訓練プログラムは元売春婦の女の子達以外に対しても行われています。アジスアベバで最も高いエントト山のふもとには、地方から来た貧しい家庭の人々が多く住んでいる地域があり、子供たちも過酷な労働をしている場合があります。特に薪運びの女性たちを良く見かけます。山に群生するユーカリの木を切って背負子に縛り、街に売りに行くために歩いて山を下るのですが、背負っている薪の重さは50Kg近くもあります。昔から女性の仕事とされ、時折少女の姿も見かけます。重労働にも関わらず賃金はとても安いのです。

また、その近辺のシュロメダという地域には伝統的な衣装を販売する小売店が立ち並びんでいるのですが、そこにも低賃金もしくは無給で縫製の仕事をしている子供たちがいます。

職業訓練プログラムは、そのような労働弱者である子供たちが技術を磨き、搾取のサイクルから抜け出せるように設けられました。理容・美容訓練、編み物や織物などの縫製・服飾訓練などを設け、1年間受講することができます。

子供たちの年齢は大体16歳~18歳くらいで、週に5日間、朝から夕方までトレーニングを受けに通ってきます。昼食も提供されます。団体の事務所には店舗を設けてこのトレーニングで作られた布地の販売を行い、運営資金にあてています。

 

■ストリート生活者のための自立支援プログラム

ストリート生活者のための自立支援プログラムでは、アウトリーチ・プログラムで出会ったストリート生活者を対象に生活を立て直すための支援やトレーニングを約3か月~半年ごとに行っています。参加者はほぼ団体が設ける「休息センター」と呼ばれる施設に通ってきます。これはこのプログラム目的が第一に路上生活により疲れ切った人々の心と身体を癒す場所の提供であることから名付けられました。

参加者の年齢は10代後半くらいから50代と様々で、最も多いのは20代~30代男性です。幼い子供を持つシングル・マザーもいます。路上生活する女性の場合、幼い子供を抱えるシングル・マザーも多く見られるのです。

訓練を受けにセンターに通っているみんな

トレーニング内容はその時々、人それぞれで異なります。このプログラムの難しい所は、年代や人生背景、経歴が異なる彼らの持つニーズが一人ひとり異なることです。スタッフとの入念な面談により必要な支援を決定していきます。参加者は、毎日食事を食べることができ、石鹸などの日用品、支援物資の提供があれば衣類も受け取れることがあります。

参加者たちはこのプログラムを通して、自分の事を相談できる人や安心して安らげる場所が与えられ、手を差し伸べてくれる人達の存在を知っていきます。これは人との繋がりを失いかけていた人々にとって、とても大切なことです。

 

<ストリート・チルドレンになることを予防する、地方の複合施設>

ストリート・チルドレンは貧しい田舎から都心に出てくることによって増え続けているため、それを防止することを目的で複合施設の運営が始まりました。地方には不十分な教育、職業難、情報不足などといった問題があり、首都に行けば成功できると思っている人が大勢います。施設では学校や図書館、医療を始め地域の人が利用できる設備を整えています。子供たちへの教育、それを継続させることの重要性、家族と共に暮らすことの大切さ等を保護者や地域に理解してもらえるよう普及啓発活動も行っています。

<外国団体との提携>

外国団体と提携して行われる働きいくつかあるそうで不定期で行われます。

その中の一つにメディカル・ミニストリーと呼ばれる、医療施設がなく診察を受けることが難しい田舎の地域で医療を提供する働きがあります。医師や看護師、薬剤師の資格を持つ現地のスタッフや外国人ボランティアが地方を訪れ働きを担うのです。アメリカのチームの提案で始まったこのミニストリーは、毎年1回約1週間~10日間、10名から15名のスタッフがエチオピアに訪れて開催されているそうで、2014年に私も参加することができました。

しかしこの年、悪天候により飛行機が欠航、アメリカのチームが来ることができず、現地の団体職員により決行されました。ワリソという地域へ出向き、地元の教会を拠点として行いました。

主な内容は大きく分けて2種類あり、1つ目は一般診療(問診とバイタルサインの確認、血液・尿検査など)による、薬の提供と医療アドバイスやカウンセリングです。2つ目は眼科検診によるメガネの提供で、支援物資として事前に届けられていた既製品のメガネを試着し、合えば提供するというものでした。中には、病院での手術が必要な重症患者も見受けられました。医療を受けることが難しい田舎では病気を患っていても放置するしかないことや誰かに相談したいと思っていること、眼科に関してもメガネを買うことは難しく生活に支障をきたしている人たちが少なくないことを知りました。

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