11.関わることは簡単じゃない。

アウトリーチプログラムで出会ったストリートチルドレン(大人も含めて)に食事と衣服を提供するイベントが開催され、写真係を任されたことがありました。ストリート生活をしている方々の写真を撮ることに気が引けていたのでエチオピア人スタッフに相談したところ、問題ないと言われたので引き受けることにしました。

参加者の中には自ら写真を撮ってほしいと言ってくる人もいましたが、案の定嫌がる人が多数でした。時に罵声を浴びせられる羽目になりました。彼らは自分の現在の姿への劣等感、特に外国人に対しては見世物にされている、見下されている、何かに利用されるのではないかという懐疑心を抱いています。私も「こんな人たちと関わっている(そんな自分はすごい、偉い)」、「こんなかわいそうな人たちを私は助けにきている」ということを伝えることになるような写真は撮りたくはありませんでしたが、現地の状態を写真を通して日本の友人知人にも知ってほしいという思いがありました。どちらにしても撮られる側にとっては不快なことです。

撮っても大丈夫だと言ったスタッフは、ストリート生活者と長い間関わることで心境や苦悩を深く知っていることもあり彼にとっては「大丈夫」であって、外国人の私では別問題だったのかもしれません。写真を撮ることから経験した難しさから、彼らと関わる上での注意する点や、自分視点ではなく彼らの視点から物事をみることを心掛け、接していく大切さを考えることできました。

 

エチオピアで知り合った日本人の方々のご好意で、不要になった衣類をいただいて、物資支援を行ったことがありました。NGOのプログラムに参加している人たちにとって、自立の一歩として身なりを整えることは大切なことですが自分で服を買えるほどの余裕はありませんし、必要としている声を聞いたからです。

私にとって初めての試みだったので、不用品をあげるというのは失礼に当たるのではないかという心配もありました。結果は、こんなに喜んでくれるのかと言うほど大喜びしてくれました。同時にやはり問題もありました。サイズが合わなかったり、数が足りない人も出てきてしまい、「自分はいつもらえるのか、早く用意してくれ」と怒りをぶつけてきたり、不満を言ってくる人、衣類提供があることを全く知らされておらず受け取れなかった人もいたことを知りました。衣類をどのように提供するかはスタッフに一任していたため搬入後のことは知らなかったのですが、すべての人に平等に行うことができなかったことへの後悔と物資提供の難しさを知った経験でした。

もらった物資を着用し喜んで写真を撮らせてくれました。

異文化の中での人と人との関わり、そして社会的弱者であるストリートチルドレンと関わるというのは簡単なことではありません。文化の違いを知り、自ら痛みまで下っていく必要があることを学びました。

大切なことの一つは、自分が絶対的なものではないことを知り、違いを受け入れること関心を持つこと、まずは自分から相手の文化や言葉に寄り添っていくことだと思います。これは実践してみると、自分の常識やこれまで積み上げてきた経験が壊されていくように感じ抵抗を覚えます。しかし、越えた時に新たな視点や物の考え方を得られるようになると、また少し彼らを理解することができ、彼らとの距離が近くなっていく恵みを実感することができました。また、自分も弱いものであることと、彼らの能力や彼らの助けが必要なのだということを知っていくことが大切であると教えらえました。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください