9.弱者の中の弱者。

ストリートチルドレン達が抱えている問題はとても複雑なように思います。ある時から次のことが気になり始めました。

仕事がない中、誰もが働くチャンスを待っているのかと思っていま、そうではないのかもしれないということ、今の生活を変えるために働いてお金を得たいと思っていても、実際に働き始めると続かずに辞めてしまう人がでてくるということです。

精神面でも、積極的で主体性を発揮し、差し伸べられたNGOの支援を利用して向上していく子もいれば、消極的もしくは無気力で、支援を受ける機会を放棄してストリートに戻っていく子もいます。前者のタイプは、家族を養うために自らストリートに出てきていたり、英語が話せたり、外国人に積極的にアピールしてきたり、社交的で強いバイタリティを持っている子が多いように思います。

ストリート生活は過酷で危険なので戻りたくないという子もいれば、自由気ままに生きられると言う子もいます。そのようなタイプの子は施設のルール(薬物、たばこ、アルコール厳禁、手伝い等の軽い労働 など)に耐えられず逃げ出していくそうです。中にはスタッフと相性が合わず、喧嘩をして出て行ってしまう子もいました。また、過去の悪事や人間関係に足を引っ張られ、騒動をおこして警察に捕まってしまった人もいました。その彼は田舎の実家に娘がいました。ある程度年齢がいっているストリート生活者の中には、離婚した人、奥さん側に子供がいるが何年も会っていない人、子供は自分の田舎の両親が養っていて何年も会っていない、という人たちも少なくありませんでした。

 

 

一度、日本人の友人を通し求人情報を得たことがありました。私がボランティアとして関わっていたNGOには仕事を探している人がいるのを知っていたので、スタッフにその情報を流しました。良い機会だと喜んでいたスタッフは仕事に向いていそうな18歳の青年を選んで面接へ行き、見事内定をもらうことができました。しかし仕事が始まって3週間、彼は職場に来なくなってしまったと連絡がありました。連絡もつかず、姿を消してしまったのです。滅多にない求人に労働条件も良いものでした。頑張れば生活を立て直し、スキルも磨続けられる大きなチャンスだったのです。私も彼がこのチャンスを得られたことがとても嬉しく、彼らの自立の一歩となるだろうと喜んでいたので、すぐ辞めてしまった知らせを聞いてとても残念でした。彼は、仕事を始める前に支援を受けていたNGOにも来なくなり、完全に音信不通となってしまいました。

この経験は、始めのころ私に失望感を与えました。なんて無責任なんだと、彼らの為に私が労を成しても無駄になるのだと感じてしまったのです。また私がしたことはただの自己満足だったのでしょうか。支援を受けるチャンスを得ても離れて行ってしまう人がいるというのは、彼らがそれを望んいないからなのでしょうか。彼らはどうなっていきたいのでしょう、その人のためと思ってしたことでも、相手がどう思っているかは分からない、実を結ばない結果になったように見えることがあるのです。

しかし次第に、彼らの心深くにある問題に目を留めて祈るように導かれていきました。

 

ストリートチルドレン関わる働きをしている人、自身がそうであった人など、話を聞いてみることにしました。

彼らがどんな問題を抱え何が必要なのかのすべては分かりませんが、一部としてアルコールやドラッグ依存、ストリート生活中に得た心の傷やコンプレックスによる、精神面の問題を抱えていることがあげられることが分かってきました。ストリート生活中には、道行く人に除者にされて罵声や暴力を振るわれることもあるため、大人に対しての強い不信感と恐怖心を抱いているそうです。コミュニケーションがとれない、団体行動が苦手だといった社会性の欠如が見られると聞きました。また、家族を幼いころに失っていたり育児放棄されていたりと、良い親子関係や人との信頼関係を築けずに育ってきている場合があります。スリや盗みをしてお金を得ることにも慣れている子もいるため、汗をかき働いて大変な思いをしてお金を稼がないといけない理由が分からない子もいるそうです。誤解が無いように付け加えますと、これらはエチオピア全体のことでは決してありません。エチオピアには働き者で朝から夜まで働いている人が多くいます。

生きるための土台、人を信頼できる健全な心、社会や人のために働く喜びなどは、幼いころから家族や地域などの周りの人たちから無条件に愛される中で育まれていくものです。勉強や仕事で努力できるのは、そのような土台が築きあげられているからで、一概に本人だけの努力不足だということはできないと思います。

そのような弱者の中の弱者という存在がいること、私はそのような人々と関わっているのだと再認識させられました。彼らは理解されていないことがたくさんあり、私もその理解していない1人でした。手を差し伸べきれない現状があることを知りましたし、相手が望まなければ手を差し伸べつづけることは困難です。

 

この経験は結果として、仕事ができるようにスキルトレーニングをし就職斡旋していくことが、問題を解決するために一番必要なことのように思っていた私に必ずしもそうではないと教え、彼らにとって本当に必要なことと私達が関わらなければいけないことについてさらに真剣に祈り考えるきっかけを与えました。

 

更に見えてきたことの一つに、助けられた子の中には本音を言えずに施設で暮らし続ける子もいることを知りました。みんなと上手く関係を築けないわけでもありません。むしろ良い関係を築いて生活を楽しみ、そのことに感謝しているといいます。しかし心の隅には少なからず不安を抱えていることが彼らと付き合っていく中でみえてきました。

意見がある時、もし本音をぶつけて刃向ってスタッフを怒らせたりしたら、この場所を追い出されてしまうかもしれない、そしたら行き場を失ってしまう、路上生活に戻ってしまう、、そんな恐怖を抱いていると打ち明けてくれた人もいました。彼らは助けられても肩身のせまい思いをしながら生活し、弱い立場で居続けなければいけないのでしょうか。

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