人の目から見た成功を求めない。

自分が良かれと思ってしたこと、その人の将来に良い結果を結び付けられるだろうと思って行動したことでも、結果につながらないことも度々ありました。

ウントト山のこどもたち

その一つにこんなことがありました。

ある日本企業が現地雇用を増やすため、エチオピア人スタッフを募集している情報を得ることができました。そこで私は職を持たない若者をNGOを通して企業に紹介たところ、見事雇用に結びついたのです。

しかし職を得た若者は数週間後に仕事を無断欠席、そのまま放棄して姿を見せなくなってしまいました。彼の自立を手助けできたと喜んでいた分、裏切られたような気持ちを抱きました。また企業からの信用を落としてしまった結果に落ち込みました。

そのことは私の心に引っ掛かり、どうしたらよかったのだろうか、私のしたことは間違いだったのだろうかと答えを見いだせずにいました。

 

聖書を読んでいたとき「人に憑かれた悪霊を取り去ったイエスの力を見た人がその力と存在を恐れ立ち去るように願った。」という箇所が心に留まりました。イエス様も、人のためにしても理解されず煙たがられ街を追い出される経験を多くされていたのです。

私が何かする時に大切なのは、私の目に見える結果の良し悪しや自分がどうしたかったからではなく、「主がどう願われているか、おっしゃられているか」を聞き実行すること、結果も主に委ねることであると教えられました。

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