すべて与えられているモノ。

物質的なものをどのように用いていくかについて、考えさせられました。

渡航準備中の貯金や節約、また現地での生活などは、金銭管理を含み「神様が与えてくださったものを正しく管理すること(これには人生、時間、人間関係など物質的なもの以外も含まれます)」について学ぶ良い機会でした。

貧しい人々が街中に溢れる中、誰に何を捧げるべきなのか、もしくはあげない方が良いのだろうか、できるだけ節約したほうが、ここにもっと長くいられる、など考え何度も悩みました。エチオピアで私は外国人というだけで、金銭的に豊かな人という部類に入られ、人々からそのように見られます。現地の友人達とどのように関わるべきなのか、時に物資的援助を期待されることもある中で、与えられているお金を自分以外の他者のために、どのように使うべきかについて今まで以上に祈り考える経験を得ました。

【自分のために蓄えても、神の前に富まないものはこの通りです。(ルカ12:21)】

まず、どんな貪欲にも注意して警戒し、いのちは財産にないこと、自分のために蓄えても神の前に富まないものは何も持っていないに等しいということ、主の前に富む幸いな者になっていくことが主の願いであることから、自分と神との関係に投資するという視点を学びました。

学校給食をおいしそうに食べるこども達。一日で食べられる唯一の食事の子もいます。

そして、物質的なものは賢く用いるように神から与えられた物と知り【天の御国は、しもべたちを呼んで、自分の財産を預け、旅に出て行く人のようです。彼は、おのおのその能力に応じて…(マタイ25:14-30)】、怠けることなく働きを担うこと【なまけ者よ。蟻の所へ行き、そのやり方を見て、知恵を得よ。…(箴言6:6-11)】、神の働きのために献金し、困っている人に施すこと【寄るべのない者に施しをするのは、主に貸すことだ。主がその善行に報いて下さる。(箴19:17)、ひとりひとり、いやいやながらではなく、強いられてでもなく、心で決めたとおりにしなさい。神は喜んで与える人を愛してくださいます。(Ⅱコリ9:7)】

 

神に頼りをおいて、受ける物を感謝して楽しむことを忘れずに、人の益のために喜んで分け与えること【この世で富んでいる人たちに命じなさい。高ぶらないように。また、頼りにならない富に望みを置かないように。むしろ、私たちにすべての物を豊かに与えて楽しませてくださる神に望みを置くように。また、人の益を計り、善い行いに富み、惜しまずに施し、喜んで分け与えるように。(Ⅰテモテ6:17-18)】などを、聖書を通して学んでいきました。

そして貪欲への注意と物質的なものを賢く用いることができる知恵が与えられるように、与えられた物を誰かと共に楽しみ喜びを共有するため、恵みを分かち合うために使っていけるようにという祈りと実践を続けていきました。

一皿くらいペロリと完食。学校に通い子供たちが心身ともに健康になっていく姿を見るのが喜びだと、先生方は話してくれました。

 

その数か月後のこと。日本の知人から私へ献金の恵みが与えられたとき、仲の良いエチオピアの友人2人を食事に誘いました。友人達は喜んで来てくれて、日本から与えていただいた恵みをシェアしたかったことと、恵みを返すのではなく、他の誰かに流していくというペイ・フォワードの話をしました。

すると彼らは、自分たちには手が2つあるから、片方の手は他の誰かに差し伸べて、もう片方の手は君に差し伸べ祝福するよ、と言ってくれました。友人達は元ストリートチルドレンで、今も裕福ではないのですが、持っている僅かなお金、それがその月の最後のお金だったとしても、路上にいる貧しい人、求めてくる人に喜んで捧げられる人たちでした。私は彼らから多くのことを教えられました。喜びを共有するために自分の持ち物を使うことができる恵みへの感謝で満たされる経験でした。

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